【連載:イケメン蔵元】洛中の復活蔵で醸す酒は「神が宿る」味

父の鶴の一声で蔵が復活

 15代目・松井治右衛門(じえもん)は、「引きの美学」を熟知している男である。

 15代も続く家系、知性豊かな両親に育てられた育ちの良さ、そして近くに鴨川が流れる洛中(※1)の真新しい蔵。取り上げたらきりがないほど好条件を備えているのに、松井さんは決しておごることなく、こちらが恐縮してしまうほど腰が低い。口の悪い輩の中には「京都人は腹が見えない」なんてことを言う人もいるが、松井さんに会った途端、すぐさまその言葉を撤回するに違いない。話の合間に自然と挟まれる「教えていただいている」という一言に、松井さんの人間性が凝縮されているような気がした。

松井さんの横顔

 松井酒造の創業は1726年(享保11年)。もともとは兵庫県香住町(※2)で酒を造っていた。水飢饉(みずききん)が起こった際、初代・松井治右衛門は自己資産で井戸を掘り、それによって村が潤ったという伝説の持ち主。香住町の盆踊りの歌詞の中には、今でも初代の名前が出てくるというのだから、その功績は言うまでもない。

 その後、縁あって江戸末期に京都へ移住。今の場所(京都市左京区)に蔵を構えたのは、祖父の時代だった。

 「祖父は学生時代からこの場所に目をつけていたようです。このあたりは10メートルも掘ったら水が出る恵まれた地。以前は豆腐屋もありました」

 豆腐と言えば、酒に並んで良い水を必要とする食材。松井さんの祖父はかなりの目利きだったのだ。

 しかし高度成長期になり、京都にも地下鉄の計画が持ち上がった頃、祖父は工事によって水脈が変わることを恐れ、いったん酒造りを止めてしまう。松井さんが生まれた当時、今の場所で酒造りは行われていなかった。

タンク前に立つ松井さん

 「今だからこそ言えますが、学生時代は日本酒と焼酎の区別さえついていませんでした。愛飲していたのは混和焼酎(※3)。そうした経験もあるので、酒がわからないという人の気持ちが良くわかります(笑)」

 自称、「学生時代はモラトリアム人間」。大学院を卒業し、大学に残るか、就職するかを悩んでいた時、父から電話が入った。

 「この場所に蔵を復活させるから、京都へ帰ってこい」

 思いもよらない父の提案だったが、松井さんは迷うことなく、東京から京都へ戻った。

 「父は鎌倉出身の養子なんです。『養子である自分の代で、家業を完全に途絶えさせてしまうのはどうか……』と思ったんでしょうね。運がいいことに、酒造免許も返納していませんでしたし、これは神様のお導きではないかと思いました」

※1洛中:京都市の古くからの市街地をさす通称。
※2香住町:2005年4月1日より、現在の兵庫県美方郡香美町(かみちょう)香住区(かすみく)に変更となった。
※3 混和焼酎:焼酎甲類(連続式蒸留焼酎)と焼酎乙類(単式蒸留焼酎)を混合したもの。参考(日本蒸留酒酒造組合サイト): https://www.shochu.or.jp/whats/kouotsu.html

銘柄『神蔵 KAGURA』は神へのオマージュを込めて

 京都に戻るや否や、松井さんは酒造りに没頭することになる。大学の専攻は何と法学。酒とは全く無縁である。伏見の黄桜酒造で修業した後、能登の地酒『宗玄(そげん)』で杜氏を務めた方を自蔵に迎え、3シーズンの間、マンツーマンで酒造りを学んだ。それまで酒造りに関する本を数多く読んできたが、実際、酒造りに携わるようになり、それが全て「机上の空論」だったことに驚いた。

 2009年の蔵復活に伴い、生まれた銘柄は『神蔵 KAGURA』。今のように酵母や乳酸菌といった微生物の存在が明らかになっていなかった頃、酒造りに携わっていた先人たちは、「酒は神からのいただきもの」と信じ、神を敬いながら酒を醸し続けてきた。『神蔵』という名は、松井さんの先人たち、そして酒造りの神へのオマージュを込めたものなのだ。

神蔵のボトル写真

 蔵復活から今年でちょうど10年。松井さんは酒造りに対し、以前よりもさらに大きな喜びや、やりがいを見いだせるようになったという。

 「自分が造った酒で笑顔が生まれるって、素晴らしいことですよね。またそれによって生計を立てられることが、何よりありがたいと思っています。うちは決して順風満帆にきた蔵ではなく、一度廃業もしましたし、あちこちに傷がある会社です。そんな中、いくつかのコンペティションで賞もいただきました。実はこの賞こそが、飲み手の中でのハードルが上がる要因。『受賞蔵の酒=おいしくて当たり前』となるわけです。『なんだこんなもんか』と思われないよう、飲み手のハードルを超えられる酒を造りたいですね」

 飲み手が持つ意識のハードルを超えられる酒。それを実現するため、松井さんは「あること」に注力している。それは「ゴーストノート」である。音楽をなりわいにしている人にとってはおなじみのこの言葉、それは一体どういうものなのだろう?

 「ゴーストノートとは、楽譜にはない音のことです。ミュージシャンにとって、この楽譜にないゴーストノートを、どれだけうまく使いこなせるかが技量に差をつけるのだそうです。これはドラマーを兼業する蔵人から教えてもらったんですが、酒にも通じることだなと思うんですよ。僕は能登の杜氏から『酒は甘味、酸味、辛味、渋味、苦味の5つの味が調和してこそ、いい味になる』と教えてもらいました。しかし一般的に渋味や苦味は、あまり好まれない味覚と言われています。でもこの2つが全くないと奥行きがない、平坦な味の酒になってしまう。さじ加減が難しいけれど、渋味や苦味は微量にあったほうがいい。これこそが酒造りにおけるゴーストノートではないかと、僕は思うんです。つまり理想とするのは、高い次元でバランスが取れている酒ということになります」

 音楽にゴーストノートを入れると「グルーヴ感」、つまり一体感が出るという。松井さんは「うちの酒を口に含んだ時、ゴーストノートを見いだして欲しい」と話す。松井さんが言う通り、『神蔵』はただきれいなだけの平坦な味ではない。絶妙な甘味と酸味のバランスの中に、フワッと感じる苦味と渋味があり、それがまたいい指し色になっている。幕引きのいいキレの美しさは、どんな食事と一緒に味わっても邪魔することなく、じょうずに食と酒のバランスを取ってくれる。

浴衣姿で酒器をやさしく見る松井さん

 そんな『神蔵』のおいしさは海外にまで広がり、昨今は海外からの蔵見学者が後を絶たない。取材時も松井さんはフランスからの観光客の対応をしていた。京都の真ん中ならではのアクセスの良さ、そしてマンションの1階にあるコンパクトな蔵は観光客にとって大きな魅力。松井さん自身が英語でアテンドすることもしばしば。流暢な英語を鼻にかけないところにもまた、松井さんならではの引きの美学が光る。

 5月末には蔵内に飲食スペースもでき、ますます忙しさに拍車がかかる松井さんを癒やしてくれるのは2人の愛娘。「小学校4年生の算数の問題を解くのが、一番の癒やしです」と笑う松井さんに優しく聡明な父の一面を見た。

 父として、そして蔵元として抱く夢は、「次の世代にたすきをつなげていくこと」。

 祖父の時代、一度手放したたすきを父が拾い上げ、それを松井さんへと渡してくれた。「蔵を継ぐ」という大切な使命を秘めたたすきは、どんな形で次の世代へとつないでゆくのか。考えただけでも胸が高鳴る。

庭で遠くをみる松井さん

イケメン蔵元紹介

手を差し伸べている松井さん
「彼氏と温泉デートなう」に使っていいよ。

お名前 :松井 治右衛門(Jiemon Matsui XV)
役 職 :代表取締役社長 十五代目蔵元
交際ステータス :既婚
好みのタイプ :本醸造のように親しみやすいキュート系
 「お酒と同じでみんな違ってみんな良いと思います」

蔵元紹介

酒蔵紹介

大通り沿いに建つ蔵

松井酒造株式会社
京都市左京区川端一条東入ル

代表的な銘柄:「神蔵 KAGURA」、「富士千歳」

<問い合わせ先>

メールアドレス :info@matsuishuzo.com
T E L :075-771-0246
公式サイト http://matsuishuzo.com/

酒蔵見学
有(通常は、月曜日から土曜日)

※作業状況によって受け入れ可能時間が変わりますので、お問い合わせください。

→事前にメールでのご予約をお願いいたします。

写真撮影:倉増崇史
編集責任:細野透子(わん酒・プロデューサー)

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