【連載:イケメン蔵元】東大卒の酒造哲学、ここにあり! クリアタンクで果て無き夢を

哲学に見る酒造りとの共通点

 英語で書かれた原本の哲学書が良く似合う。その哲学書の厚さは、西堀さんが積み重ねてきた知識を物語っているかのように見えた。哲学書は撮影用に用意したアイテムではなく、西堀さんの私物。取材の前に投げかけてみた「趣味は何ですか?」との問いに、西堀さんは「哲学書を読むことです」と答えた。てっきり日本語で書かれた文庫本かと思いきや、西堀さんはオシャレなカフェにあるような英文の原本を持って現れた。あとから東京大学の哲学専修科卒だということを聞き、「ああ、なるほど」と妙に納得した。

 スマートな所作に表れる育ちの良さ、言葉の一つひとつを丁寧に選んで話す西堀さんは、やがて6代目となる蔵の長男にふさわしい気品を備えていた。

 東京大学の哲学科を選んだのは、もちろん哲学がもともと好きだったこともあるが、「蔵に戻る前に、醸造とは全く関係のないことを学び、視野を広げたかった」から。

 「それまで学んできた暗記系の授業は、答えがひとつでつまらない。それに対し哲学は自由で、答えや正解がない。これって酒造りと通じるものがあるんですよね。酒造りにおいて主となるのは目に見えない微生物。それ故に、こちらが予想だにしていない動きをすることが多々あります。期待が見事に打ち砕かれることで、われわれ造り手は微生物自身に意志があることを知る。今よく言う“酒質設計”は数値や味を決めるのではなく、造りの方向性を示すものだということが深くわかりました」

 西堀さんからすれば、酒は「造る」という感覚よりも、「見守るという言葉がしっくりくる」と話す。相手は肉眼で見ることができない微生物。しかもそれには人間が制御できない意志がある。人間ができることは、ただ微生物が活動しやすいように環境を整えることだけ。ベテラン杜氏がよく「酒造りに答えはない。造り手は常に一年生」と言うが、これはまさに西堀さんが言う酒造哲学に通じるのだ。

足を組んで座っている写真

 西堀さんは大学卒業後、システムエンジニアとして大手企業に籍を置いていた。人間のコントロール下で実行されるプログラミングは、酒造りとまさに対極。つまり酒造りは人間のコントロールが効かない。真逆の経験をしてきた西堀さんは、そこに酒造りの醍醐味と、おもしろさを見いだした。

 「最新の化学をもってしても、酒造りはまだまだ解明されていないことがたくさんあります。だからこそ悩む。もしかしたら、結論はシンプルなのかもしれません。でもそこに行きつくまでの苦悶の時間が実に味わい深く、人間的なんですよね。僕はスムーズに理想の酒ができるより、一時期“こんな状態で大丈夫だろうか?”と心配したものが改善されて、いい酒になるほうが、微生物と一緒に造った気がして幸せを感じます」

外で本を読んでいる写真

クリアタンクの発想の根源は水族館のクラゲ

 どこまでも哲学的な男である。哲学というと小難しいというイメージを抱いていたが、西堀さんの言葉で聞くと、実に柔軟で自由。実際、哲学者の中には、研究生活の前期と後期で全く違う考えを述べ、それまでの思想をまっさらにしてしまう人もいるという。普段から哲学に触れているからこそ、日本唯一の「クリアタンク」を導入するという斬新な考えに至ったのだろう。これをSNSで初めて目にした時、凝り固まっていた酒造りの常識が全て吹き飛んだ。

 一般的に酒造りに使うタンクはステンレス製やホーロー製で、開放されている部分からしか中を見ることはできない。これが当たり前と思っていたが、アクリル製のクリアタンクに入ったもろみを見た時、タンク内の全てが見渡せることに驚きと感動を覚えた。ではなぜ、西堀さんは稀有なクリアタンクを作ろうと思ったのだろうか?

 「品川にあるエプソンアクアパークで、クラゲが下から上に動いている様子を見て、タンクを水槽のようにクリア(透明)にしたら、もろみの対流を見ることができておもしろいんじゃないかと思ったんです。早速、特注しようと各メーカーに相談しましたが、全て断られてしまいました」

 だが、ここであきらめないのが哲学王子・西堀さんである。アイデアがひらめいた場所が水族館だったことを思い出し、広島にある、水族館の水槽を作るメーカーに問い合わせところ即快諾だったという。

クリアタンクを見上げている写真

 そして2016年3月、特注のアクリル樹脂の円柱をくり抜き、日本で唯一※1のクリアタンクが完成した。サイズは、500キロの小仕込み※2用で総量は1,500リットル。サイズは小さいが、今や“蔵の顔”として、どのタンクよりも大きな顔で鎮座している。クリアタンクの魅力について、西堀さんに聞いてみた。

 「もろみの対流が可視化できたことです。机上でもろみがタンク内で対流するのは知っていましたが、実際に目にしたのはこれが初めて。発酵力の強い酵母(きょうかい9号)ですと、対流のスピードが速いということもわかりました。酵母はもちろん、精米歩合によっても対流パターンがそれぞれ異なる。こちらが予想しない動きをするのがおもしろく、一日中見ていても飽きません」

 「見ている」と言っても、ただぼんやり見ているわけではない。現在、西堀さんはいくつかの対流パターンを画像解析することができないかと、日夜研究中である。

 クリアタンクで造った酒は既にいくつか発売されているが、現在は2016年醸造の『純米大吟醸 門外不出 CLEAR BREW』(生)だけが一般購入できる。今後は「クリアタンクの様子をオンライン配信しながら、個人客と対話し、ともに育てるような感覚で酒を造りたい」と話す。ネット、そしてSNSの時代だからこそできる「今」の酒造り。そのターゲットは日本に限らず全世界と、西堀さんの夢は果て無く広がっていく。

 「私の心の限界が私の世界の限界である」

 これはオーストリアの哲学者、ルードヴィヒ・ヴィトゲンシュタインが残した名言。クリアタンクを通して無限大に広がる西堀さんの心に限界はない。

※1 日本で唯一:2019年5月10日に、クリアタンク醸造は特許登録された。
https://nishiborisyuzo.com/clear-tank-brewing-2781.html?fbclid=IwAR0fxB5jjGb2GbIFha1f_ul_o6hH2fKivQu82l-H7ZkvhSKR-d1IONi1bVY

※2 小仕込み:タンクの中に、酒母、水、米麹、蒸米を加え、発酵させて造る「もろみ」の量を、通常よりも少なくすること。記事に登場するクリアタンクは1,500リットルと小振りだが、大きなタンクでは10,000リットルを超えるものもある。

門外不出のボトル写真

※本記事の最後に、「もろみの対流」がわかる映像あり!

イケメン蔵元紹介

タンクの横に立っている写真

西堀哲也さん(六代目蔵元)
交際ステータス:独身(2019年5月時点)
好みのタイプ :古酒のように濃醇なオトナ美女系
        「味わいのある、落ち着いた豊かな表情と奥深さに魅力を感じるので」

外で立っている写真

酒蔵紹介

西堀酒造株式会社
栃木県小山市大字粟宮1452

代表的な銘柄:「門外不出(もんがいふしゅつ)」、「若盛(わかざかり)」

<問い合わせ先>
メールアドレス:sake@nishiborisyuzo.com
TEL:0285-45-0035
FAX:0285-45-1628

酒蔵見学

→公式サイト(https://nishiborisyuzo.com/)の「酒蔵見学」からお申し込みができます。
※ご不明な場合はお気軽にお問い合わせください。

写真撮影:佐藤哲郎
編集責任:細野透子(わん酒・プロデューサー)



クリアタンクだからこそ可視化できる貴重な「もろみの対流」を、映像でどうぞ!

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