88歳の現役蔵元杜氏が醸し続ける酒 〜西日本豪雨から1年、愛媛県宇和島市のいま〜

 日本各地で継承されている酒造りにふれることや、日本酒を呑むことは、それぞれの地域性と出会うことにつながります。日本酒の原料となる米は農業と、水や風は地形や気候と、酒器をつくる伝統文化は産業と、おつまみとなる海の幸は漁業と、それぞれ密接に関わり合っています。ですから日本酒には、まさに「日本がつまっている」と言えるのではないでしょうか。

豊かなふるさと、宇和島

 私のふるさとは愛媛県宇和島市です。人口約7万5千人の城下町。豊かな海と山に囲まれた風光明媚な盆地です。

宇和島の風景
豊かな海と山に囲まれた宇和島

 宇和島の特産品といえば柑橘類が有名ですが、それだけではありません。日本一の生産量(※1)を誇る鯛をふんだんに使った「鯛めし」や、「ふか(サメ)の湯ざらし」(※2)、太刀魚(タチウオ)を竹に巻いて焼いた「太刀巻き」、養殖のブリ、真珠など、海からの恵みが日常的にあふれていて、おいしいものがたくさんある土地です。

※1 日本一の生産量:養殖のマダイの生産量で、日本一となっている。
※2「ふかの湯ざらし」:活きの良いふか(サメ)の刺身を熱湯にサッと通した後、冷水にさらし、みがらしと呼ばれる辛子味噌をつけて食べる愛媛の郷土料理。

太刀巻き
太刀巻き

西日本豪雨の猛威

 ところが昨年、「西日本豪雨(※3)」という、恐ろしい自然の猛威に晒されました。全国的にも多くの災害に見舞われた年でした。地元でイベント司会の仕事があったため帰省した矢先に、私も西日本豪雨に遭遇しました。あれから一年。被災地となった宇和島の現状を確認するために、宇和島市役所を訪ねました。

市長との対談風景
岡原文彰 宇和島市長

 岡原文彰宇和島市長は、被災から一年経過した現況について、「被災直後は、国や県からのサポートをはじめ、全国からのあたたかい励ましをたくさん頂戴しました。今の被災現場は、応急復旧(※4)を施した状態からはさほど変わっていません。被災地が目に見えて変わっていくことが、復興の象徴なのかもしれないですが……。『一年でここまでできました』とは到底言えない状況です。厳しさは予想していましたが、予想以上に進んでいかないのが現実です」と、言葉をかみ締めながら誠実に語ってくださいました。

被災地の様子
土砂崩れで柑橘農家などが甚大な被害を受けた。一年経った今も、復旧作業は続いている。

 日本の市長の中で一番の長身ともいわれる約190cmで、体重100㎏という、がっしりとした体格の岡原市長。被災直後の数か月間は痩せてはいけないと思い、夜中にご自宅に帰り、食欲がなくても無理やり胃袋に夕食を詰め込んで、そのまま気を失ったように寝る生活をされていました。結果、むしろ太ったのだそうです。頬がこけてやせ細っていくより、大きな市長がより大きくなる方が、まわりで一緒に活動している地元の方々や被災者たちの心の支えにもつながったのではないでしょうか。

※3 西日本豪雨:2018年(平成30年)6月28日から7月8日頃にかけて、西日本を中心とする広範囲に甚大な被害をもたらした集中豪雨。正式には「平成30年7月豪雨」と呼ばれる。
※4 応急復旧:応急的な工事のこと。

宇和島市長横顔
宇和島の未来を真剣に語る、岡原市長

宇和島の日本酒「虎の尾」

 ちなみに岡原市長は日本酒が大好き。宇和島の海の幸であるお刺身を堪能されるときには、やはり日本酒をたしなむそうです。そして、宇和島に唯一残る酒蔵である西本酒造の「虎の尾 純米大吟醸」は、地元の皆さんの間でも、贈答品として重宝されているそうです。

 私も、試飲会や銀座の名店などで、全国の銘酒と一緒に「虎の尾」をいただいています。宇和島の日本酒が全国の銘酒と肩を並べて、美食家や海外からの観光客に楽しまれているのは、このうえなく誇らしいことです。

 「虎の尾 純米大吟醸」は、完熟リンゴの蜜のようにロマンチックで上品な香りが立ちのぼり、華やかさがあります。桃をほおばったときのようなジューシーな甘みと、栗のようなうま味にも恵まれた安堵感ある味わい。フルボディタイプならではのふくよかな余韻もあり、大切な方々とじっくりと腰を据えて飲みたい逸品です。

 その虎の尾を醸し続ける、西本酒造を初めて訪問しました。江戸時代の1793年(寛政5年)に創業したという長い歴史を持つ西本酒造。現在の石高(こくだか)(※5)は80石と少量ですが、平成13年、14年、15年、16年、21年度には全国新酒鑑評会で金賞を受賞するなど、たしかな技術を誇る蔵です。定番酒の「大番」、愛媛県産米を使用した「しずく姫」、そして高級ラインの「虎の尾」などをスペック違いで醸しています。

※5 石高:土地の生産性を石という単位で表したもの。収穫した米穀の数量。1石は180リットルで、一升瓶にすると100本分となる。

虎の尾としずく姫
虎の尾としずく姫

88歳の現役蔵元杜氏

 西本酒造の蔵元杜氏は、愛媛県の最高齢杜氏として今も現役で活動する西本勝さん(88歳)。酒造期間には3〜4名の蔵人の監督という立ち位置で、今でも酒造りに携わっています。

 昭和50年(1975年)から酒造りを44年間も続けている西本さんは、なんとも懐かしい宇和島弁でゆったりと真摯にインタビューに応じてくださいました。

西本勝さん
西本勝さん

 「最初に金賞を取らせてくれたのは、高松の国税局の三宅優先生やわい。先生の言うた通りに作ったけんな。今も、毎年つくって失敗があるけんなし。売れんことはないけんど」

 “どこに出しても恥ずかしくないような完璧な酒”を探求し続けているものの、毎年1〜2本程度は納得がいかないものができてしまうと、西本さんはおだやかな表情の中にも悔しさを滲ませます。

 「やけん、それをなしにできたら、えらいもんですけど。みんなにおいしいと、言うてもらえる酒を造りたいなと思いよるわけですよ。なかなか難しいです」

 88歳というご高齢で酒造りに向き合うのは、並大抵のことではないと思いますが、まだまだこれからもおいしい日本酒を造らなければいけないという気概が、強烈に伝わってきました。

西本勝さんが説明する様子
蔵内の設備について説明する西本さん

 西本さんはまわりの蔵人に助けられながら、毎年の酒造りを乗り越えていらっしゃいます。

 「体の調子が悪いんで、よっぽど気を付けんといけんのですけんど。今でもお世話になっとる先生に教えてもらわい。そうしないと、いいものできますかい。自分で勝手にやったって、(結局は)自分の考えだけやけんなし。来年は良いの造ろうと思うけん。来年こそは失敗せずに造りますらい」と、西本さんから次々と飛び出す言葉に、実直なお人柄が読み取れます。44年間ひたすら技術を追求し続けながらも、常に初心を忘れない姿勢に、私はただ圧倒されるばかり。

 西本さんが一番幸せを感じるときはどんなときかをお尋ねしたところ、「今年は寒暖の差が激しくて、酒造りが難しかったな。酒をしぼって、飲んでみたとき、いいな~となったら幸せやなぁ」と、やっと柔和な笑顔に。

 西本さんの少年のように純粋な目の輝きや、生真面目で真っすぐな職人気質、ここぞという時にはお腹の底から出す力強い声。私の郷愁愛などからでしょうか……。気が付けば、にじみ出る涙をぐっとこらえながらお話を伺っていました。

涙ぐみながら取材をする近藤さん
西本さんの話に引き込まれ、涙ぐむ近藤淳子さん

 西本さんは、東京や大阪をはじめとした大都市圏の華やかな日本酒イベントに出演されることもなく、最新鋭の洗練された機械設備ではない年代物のこしき(※6)やタンクに囲まれて、ひたすら腕一本で勝負し続けています。宇和島にとって、いかにありがたい存在なのかを痛感しました。どうか、これからも蔵の灯をたやすことなく、ハレの日の宇和島が凝縮された銘酒が醸されていきますよう、切に願います。そして、良き後継者がみつかることを心から祈ります。

※6 こしき(甑):酒造りの工程で、米を蒸す際に使う蒸し器のこと。

ふるさとの日本酒にふれること

 ふるさとの日本酒にふれることで、目にみえない特別なパワーを再発見したように感じます。おこがましいとは思いますが、西本さんのような圧倒的な存在に出逢うと、いまはまだ何もできていないけれど、これからの自分の役割は何なのかを深く考えさせられました。もしかしたら、ふるさとの日本酒にふれることは、自分自身の生き方を見つめなおすことにもなるのかもしれません。

 宇和島の復興はスタートしたばかりです。地元の日本酒を飲んで応援すること、発信していくことで、微力ながらも宇和島にとって少しでも明るい一歩になりますように。

 さて、あなたは、ふるさとの日本酒を飲んでいますか? 蔵によって、見学が可能な場合もありますし、帰省の折に蔵を訪問してみてはいかがでしょうか? 暮らしているときにはまったく気が付かなかった地元の魅力を再発見できるかもしれません。そうすると日々の生活の潤いはもとより、仕事やプライベートに何かしらのヒントが見つかることもあるのではないでしょうか?

 宇和島が誇る日本酒の懐の深さにふれた、ふるさと再発見の旅でした。

がんばろう宇和島

写真撮影:Takahashi Ruri (高橋 瑠里)
編集責任:細野透子(わん酒・プロデューサー)

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