ブラジルと岩手の架け橋になる酒 南部美人・久慈社長の「親心」

 15年前からブラジルで、日本酒にたずさわる仕事を始めました。日本と全く違う文化や習慣のなかで、より日本酒を理解できるように努力する日々を送り、夢にまで見た「酒サムライ」(※1)にもなれました。

 さあこの後は何をしよう? 私を応援してくれたブラジルに恩返しをしたい……。そうだ! 日本でお酒を造ろう!!

きっかけ

 2015年に酒サムライへ叙任されてから、「あれもしよう、これもしよう」と、たくさんのアイデアが浮かびました。貿易担当者の数を増やし、お酒をより多く輸入。なかなか手に入らない、貴重な銘柄もブラジルに届くようになりました。

 ブラジル人はひょうきんで明るい国民性であり、特に海外から訪れる人たちをあたたかく迎えます。しかし、商品やサービスとなると一転、かなり人見知りをします。また、商品がなにでできているか、どんな所で造られているか、そして味の良し悪しをとても気にします。まあ、これは世界どこでもそうでしょうが。

 ところがブラジル人には、「とりあえず試してみよう」という冒険心がない。そこで私は、日本酒を広めるために、レストランや居酒屋で試飲会やスタッフトレーニングを実施したり、お客様を集めて日本酒講習会をしたりと、さまざまな企画を実行しました。最近はJSA(一般社団法人ジャパン・サケ・アソシエーション)(※2)のブラジル支部を担当しており、サケ・ソムリエも順調に育っています。

 2017年には、「日本の酒蔵巡り」を実施するために旅行代理店「エイチ・アイ・エス」のブラジル支店と組み、「CIRCUITO DO SAKE ツアー」を企画しました。ブラジル人9名を連れて、岩手県から広島県まで13か所を回りました。

 そのツアーのスタートが、岩手県二戸市にある「南部美人」さん。ハードなスケジュールを送られている5代目蔵元・久慈浩介社長とお会いすることができました。われわれが蔵に到着した時も、電話で取材を受けられていた久慈社長は日本酒業界の有名人。それにもかかわらず、電話取材を終えると、丁寧に蔵の歴史などの説明をしてくださいました。

 そして、説明を聞いている私の顔を見て「飯田さん、お酒を造ったらどう? 私が手伝いますよ!」とおっしゃったのです。実は、私の頭はツアースケジュールの事などでいっぱいでしたが、あまりにもうれしくて「はい! ぜひやらせてください!」と、ツアー参加者であるブラジル人9名の前で即答。もちろん皆さんも大喜び。日本でもアメリカでも販売されない、ブラジル限定のおいしい日本酒が飲めることに大興奮でした。

※1 酒サムライ: 若手蔵元の全国組織「日本酒造青年協議会」が、「日本酒やその文化を広く海外に発信している人」に与える称号。
※2 JSA(一般社団法人ジャパン・サケ・アソシエーション): 「国酒から国際酒へ」をコンセプトに、日本酒講座「サケ・アカデミー」を開講。世界へ通用する資格「SAKE EXPERT®」を認定している。

参加者の皆さんと、南部美人5代目蔵元・久慈浩介社長
「CIRCUITO DO SAKE 酒蔵巡りツアー」参加者の皆さんと、南部美人5代目蔵元・久慈浩介社長

こだわり

 さあ、うれしいお話をいただいたはいいが、なにから始めたらいいかわからない……。私は酒造りに関して、笑いが出るくらいのド素人。「麹はどれにします?」なんて聞かれても、「黄麹(※3)でお願いします」くらいしか言えない始末。「水はどうする? 酵母はなににする?」――こんな山ほどの悩みを抱えたまま、翌年の2月にまた久慈社長と東京で会議をしました。

 その時は、お世話になっている「南部美人」営業課の平野さんも一緒でした。おいしい発酵食品専門店で食事をしながら、酒質の設計に入りました。「うわあ、どうしよう……」と途方に暮れる私に平野さんが、「当社のお酒を一番ご存じである飯田さんは、うちのどのお酒に似たものがよろしいでしょうか?」とおっしゃいました。これを聞いた時は、まるでハープを弾きながら天使が舞い降りて来たように感じました! 「そうか! この考え方が一番わかりやすい!」と、今度はスムーズに話が進みました。

 酵母選びから精米歩合、日本酒度に酸度。○○のお酒に似た香りで、○○のようにコクがあるもの、など。そして最後に平野さんが、「お米はなににいたします? 山田(錦)、あるいは美山(錦)にしますか?」と。私は「“吟ぎんが”と“ぎんおとめ”でお願いします」と、迷わずに答えました。

 ワイン業界ではよく使われる言葉である「テロワール(TERROIR)」。その地の気候や空気、水、土など、作物を取り巻くすべての自然環境の特徴のこと。日本酒にもこういう発想があっても良いのではと考え、岩手産の酒米を使うことにこだわりました。二戸市のお米、土、水。これらが揃うことによって、良いお酒が醸されるという確信があったのです。

※3 黄麹:清酒造りに最も利用される麹菌。

こだわり1
こだわり1:南部美人のロゴを必ず入れること

ついにできた!

 2019年4月3日、サンプルがブラジル・サンパウロ市に到着。久しぶりにワクワクしました。ボトルは冷えていましたが、一杯目はあえて常温で飲みました。上の画像・左のタイプ(白いボトルの純米大吟醸)は、酒米「吟ぎんが」を50パーセントまで精米。日本酒度+5の辛口純米大吟醸に仕上げてもらいました。ボトルの栓を開けた瞬間は、苦いチョコレート系のリッチな香り。後から追いかけるように、甘いメロンや洋梨の香りが漂います。ひと口飲み込んだ後は、フレッシュなライチのような余韻。コクがあり、酸味と甘みのバランスがバッチリ! 

 味や香りは、一人ひとりの好みや味覚によって左右されるもの。しかし、このでき上がりはまさに、私の理想通り! 久慈社長は私の意向をよく理解してくれていました。私にとっては、まるで親の真心をいただいたよう。ひとことも言わずに、顔を見ただけでわかってくれる優しさや、不安な時には背後で見守ってくれる、そんなあたたかさを感じました。

 私は2015年、酒サムライ叙任式へ参加するためブラジルを飛び立つ日に父を亡くしました。お酒という形でもう一度、親のあたたかみを感じることができて、胸がいっぱいになりました。とてもありがたいです。

こだわり2
こだわり2:岩手県産のお米を、麹米と掛け米に使うこと

 緑のボトルのこちらは、日本酒度+9の超辛口のお酒。酒米「ぎんおとめ」を60パーセントまで磨き、膨らみとコクがある味わいです。きちんと渋みや辛さもあり、ブラジルにはぴったり。ブラジルで純米酒がよく好まれる理由は、味や脂味がハッキリとした料理が多いからです。魚より肉の料理が多く、これに負けない辛さや酸度、コクが必要なのです。

 ブラジル名物のシュラスコ(※4)やチーズ、ハムなどとペアリングしながら乾杯。これからが楽しみです。

※4シュラスコ:中南米や南米で鉄の串に牛肉や豚肉、鶏肉の大きなかたまりを刺し通して炭火でじっくり焼き、岩塩や専用のソースで味付けして食べる肉料理。

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