震災復興の旗手がつなぐ酒「ゴールデンスランバ」

あの日、安波山から見えた光景

 2011年3月11日、山形県山形市。東日本大震災が発生した当時、私は酒造りの職人として働いており、山形の酒蔵で瓶詰の作業をしていた。携帯電話から聞きなれない警報音が鳴り、その直後、ドドドドという地響きとともに、地面から突き上げられるような強い揺れを感じた。ここにいては危ないと思い、蔵の外に出た。今まで感じたことがない揺れに、気仙沼で生まれ育った私は、「これは沿岸がまずいことになる!」と直感した。代々、海の側に住んでいる人たちは、強い地震の後には必ず津波が来るということが体に刻み込まれているのだ。

 地震から1時間後、ワンセグの映像で流れてきた故郷を襲う津波の光景に目を疑った。気仙沼湾にあった大きな石油タンクが津波で流され、とてつもない勢いで実家のある住宅地の方向へ押し寄せていたのだ。「これ以上見ていられない!」と画面を切り、家族の無事を祈った。うまく逃げていて欲しい、と。

 4時間後、さらに衝撃の映像が流れて来た。気仙沼の海が激しく燃えていたのだ。「ああ、これはもう駄目だ」とさすがに諦めかけた。その日、安波山(あんばさん)に避難した芸能人のサンドウィッチマンはその光景を目の当たりにしたという。それ以来、毎年3月11日に彼らは、安波山で犠牲者の慰霊を行っている。私も昨年の3月11日に安波山でお二人の姿をお見かけしたが、多くの気仙沼市民から感謝の言葉をかけられていたのが印象的だった。

 雪のちらつく、悲しくも冷え込んだ夜。停電で電気の通っていない山形市街は暗かったが、その分、夜空がきれいなことが印象的な夜だった。さまざまな思いが交錯する中、被災地、そして気仙沼のために自分ができることをずっと自問自答していた。そして、8年経った今でもその気持ちは変わらない。

 実家のあった本浜町二丁目は痕跡を留めないほど壊滅し、思い出の品すべてが流された。流されたものの中にビートルズのアルバム「Abbey Road」があった。高校3年生の頃、よくB面を聴きながら受験勉強をしたものだった。B面のメドレーの中に、「3.11メモリアル酒『ゴールデンスランバ』」の名前の由来となった「Golden Slumbers」があった。

2018年3月11日14:46安波山で黙祷
2018年3月11日14:46安波山で黙祷

安波祭のあとに

 2011年3月11日、福島県浪江町請戸。鈴木酒造店の鈴木大介氏は、毎年2月後半に行われる地元の伝統行事「安波祭」が終わり、ほっとしていた。「安波祭」は、どこか異国情緒を感じさせる神楽が舞い、色鮮やかな衣装を着た子どもたちが田植踊りを奉納する、浪江町請戸にとってなくてはならない祭りだった。まもなく甑倒し(こしきたおし)が終わり、酒造りも一段落する。そんな中、あの大震災に襲われた。

 最初はドドドドという大きな地響きに驚き、その後、大きな地震が来た。凄まじい揺れに、海の方が気になった。海に一番近い酒蔵だった鈴木酒造店は、蔵の横にある堤防にのぼれば海を見渡すことができた。堤防の上に立った大介氏は驚いた。なんと、海の底が見えていたのだ。「津波が来る!」

 消防団員として活動していたので、まずは住民を避難誘導させることを優先。そしてなんとか自らも高台に避難することができた。やがて、第一波が来るのが見えた。腰くらいの高さだった。「この程度ならまた酒造りをやり直せる」と思っていた。ところが、15メートルもの高さの第二波が一気に蔵を飲み込んで、陸に駆け上ってくるのが見えた。「現実にこんなことが起こるのか……」丹精込めて造ったお酒が一瞬で無くなった絶望感に襲われつつ、津波を茫然と眺めた。

 その夜は住民の安否確認に追われることになった。疲労困憊の中、夜11時に福島第一原子力発電所の作業員がやって来て告げた。「電源が落ちて、第一建屋の壁も崩れている」浪江町民は津波の被害に加え、ひしひしと迫る目に見えない放射能との闘いが始まった。

 翌朝、心配が現実のものになった。ものものしい防護服を着た自衛隊がやってきて、10キロメートル圏外に避難することを指示してきた。これはただごとではないと察知した。安否確認のできない人の捜索は断念することになった。大介氏は津波で流された人を捜索できず故郷の浪江町を去ったことを、今でも悔やんでいる。この日から故郷へ帰るまでの道のりは遠く、安波祭の復活まで7年かかることになった。

安波祭が行われていた、くさ野神社
安波祭が行われていた、くさ野神社 2018年2月撮影

「ゴールデンスランバ」が世界を飛んだ

 鈴木大介氏と私との出会いは、震災から3年が経とうとしていた2014年1月10日、山形市の蕎麦屋「第二公園 山長」で鈴木酒造店長井蔵のお酒の会を行った時が最初だった。震災を風化させないために、継続して情報発信する必要があると考え、被災地である福島県浪江町から長井市の蔵を買い取って頑張っている鈴木酒造店長井蔵をお呼びした。私は、出てくる酒すべてが力強く個性的な酒質で、しかも緻密さを兼ね備えていたことに驚いた。これはいわゆる「お涙頂戴」的な蔵ではなく、実力があり、復活を遂げている蔵であることが分かった。そして、その酒質に惚れ込んで取引を開始させていただいたのだった。

 2016年、震災から5年が経とうとするとき、私は被災地とそれ以外の地域とのギャップを感じ、震災の記憶を風化させないために自分には何ができるのかを考えていた。そうしたなかで、献杯酒としてこの企画を立てたのがKさんという方で、鈴木酒造店さんと筆者である私をつないでくれたのも彼だった。福島県と宮城県で被災した二人が力を合わせれば、5年という節目で多くの人に発信することができる、と持ち掛けてきた。

 献杯酒というのは重い。未来への希望が持てる酒質やネーミング、ラベルにならないことには、皆さんの共感を得ることはできない。また、継続してやっていかないことには意味がないと感じていた。正直、腰が引けていた。

 迷いのなかで、鈴木酒造店長井蔵を訪問した際、ふと事務所の写真に目が留まった。写真のタイトルに「安波祭」と書かれていた。気仙沼にも「安波山」があり、「あんば信仰(※1)」に基づく共通の言葉「安波」があることで、私の気持ちは大きく前進することになった。つながっている実感が芽生えていた。

鈴木酒造店長井蔵の事務所に貼られている安波祭の写真
鈴木酒造店長井蔵の事務所に貼られている安波祭の写真 写真提供:渡辺和哉さん

 ネーミングの第一候補として、そのままの酒名「安波」が浮かんだ。ただ、「安波」では共感できる範囲が狭いと感じ、鈴木の頭文字Sと、六根浄(※2)の頭文字Rをそれぞれとった「S×R安波」から、思い出の曲「Golden Slumbers」に由来する「ゴールデンスランバ」の名前をひらめいた。なんと、歌詞を調べると驚いた。「かつて故郷に帰る道があった」から始まる歌だったのだ。「あんばさま」に導かれているに違いないと感じ、「これはやるしかない」と決意した。

 福島県福島市産「夢の香」と、秋田県で見つかった「6号酵母(※3)」を用いて、宮城県気仙沼市出身の私と福島県浪江町出身の鈴木大介氏が、山形県長井市の土地と水で醸す酒は、未来への希望を感じることができる、すがすがしく明るい酒質を目指した。発酵は順調に進み、東北の豊饒なる大地を表現した透明感のある酒に仕上がった。晴天下、太平洋のさざ波に輝くキラキラとした光が見えてくるような明るさを感じる酒質。静かに反響が全国へ広がっていった。個人的には、気仙沼の同級生たちがこのお酒が出るのを喜んでいることが一番うれしい。

 2018年2月18日、福島県浪江町請戸で7年ぶりの安波祭が開催された。久々の再会を喜ぶ元地域住民の方々。伝統を絶やしてはいけないという熱い意志が、故郷へ帰る道筋を切り開くのだと感じた。当日、「ゴールデンスランバ実行委員会」のメンバーたちと「ゴールデンスランバ」を奉納した。その後、2018年の3月から8月までの半年間、「ゴールデンスランバ」は全日空(ANA)国際線のビジネスクラスで提供され、世界の空を飛び回った。

 2018年10月31日、私は東京ドームで名前の由来となった曲「Golden Slumbers」をポール・マッカートニー本人が歌うのを聴いた。会場に入場する際、スタッフに世界の空を飛んだ「ゴールデンスランバ」のボトルをポール・マッカートニーへの贈り物としてお渡しした。果たして本人まで渡ったかどうかまではわからない。ただ、高校時代に聴いたこの曲ができてから30年経ち、作曲した本人が、自分の携わったお酒を飲んだかもしれない。そんなことを想像して感無量になった。

 「ゴールデンスランバ」は「あんばさま」がつないだ神の酒。このお酒は復興への力水なのだ。

世界中の空を飛んだ「ゴールデンスランバ」のラベル
世界中の空を飛んだ「ゴールデンスランバ」のラベル

【参考文献】
BEATLES「ABBEY ROAD」

【注釈】
※1:関東から東北地方にかけての太平洋岸で、主として漁村にて信仰される神。(三省堂「大辞林」第三版より)
※2:「六根浄(ろっこんじょう)」は筆者の経営する酒店「La Jomon」の前身である。「純米酒 六根浄」は、現在も「La Jomon」の主力銘柄となっている。
※3:「(きょうかい)6号酵母」は、現在酒造りに使われている酵母でもっとも長い歴史を持つといわれる。昭和5年、秋田県秋田市「新政酒造株式会社」で見つかった、「東北在来酵母」である。その性質は香り穏やかで、清冽(せいれつ)な酸が特徴的。日本酒を覚えたての人にも受け入れやすい。また、造り手によって酒の表情が変わるので、個性的な酒質を目指す造り手にも受け入れられ、「6号酵母」を使用する蔵元が増えている。全国の「6号酵母」の酒を集めた「全国6号酵母サミット」は、今年は仙台で開催予定。2020年には、東京での開催を目指している。

鈴木酒造店について

鈴木酒蔵

 かつて「日本一海に近い酒蔵」と呼ばれていた鈴木酒造店は、福島県浪江町の港町で江戸時代から酒造りをおこなってきた、歴史ある蔵元です。太平洋に面した美しい土地で醸され、「磐城壽」という縁起の良い名前がつけられた酒は、漁運を祈る地元の漁師たちに親しまれていました。

 しかし、東日本大震災の津波で全建屋が流失。さらに、数日後に発生した福島第一原子力発電所事故により、蔵の一帯は警戒区域に指定されます(※1)。鈴木酒造店は200年近くもの間続けてきた浪江町での酒造りを諦め、休業を余儀なくされました。

 ところが、津波ですべて流されたはずの山廃酒母が、福島県内の試験場で見つかります。それは以前、研究のために預けていたものでした。この山廃酒母から酒蔵独自の酵母を取り出すことに成功し、鈴木酒造店は再起を決意。2011年10月、後継者が見つからずに廃業を考えていた山形県長井市の酒蔵を買い取り、「鈴木酒造店長井蔵」として再出発しました。

 「水と緑と花のまち」と呼ばれる長井市の綺麗な軟水と、浪江町で長年受け継いできた丁寧な酒造り。ふたつの故郷を持つ鈴木酒造店は、今も良質な酒を生み続けています。

鈴木酒蔵店 Official website
http://www.iw-kotobuki.co.jp/

※1:現在は解除

撮影・構成:細野透子(わん酒・プロデューサー)

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原料米:福島県産「夢の香」100%使用(契約栽培米100% / 精米歩合55%)
内容量:720ml
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